|About us|Bbs|Column|Diary|E-mail|Feature|Gallery|Hot-links|Information|Journal|
Topページに戻る

1960年 愛知県名古屋市生まれ。
1979年 駒沢大学法学部政治学科入学
1981年-1982年 ゲーテ協会ミュンヘン校に語学留学後、旧西ドイツ・コンスタンツ大学に入学。政治学科(第一専攻)、哲学科(第二専攻)
1983年 駒沢大学復学
1986年 同大学卒業
1985年 カメラ雑誌CAPA(学習研究社)で編集補助として働く。「28ミリマン」のコラム担当のほか、一般記事など執筆。
1986年4月
朝日新聞社入社
東京本社編集局写真部カメラマンとなる。
1987年5月-1988年3月
朝日新聞水戸支局勤務。
記者として警察・遊軍担当。
1988年4月-1990年10月
朝日新聞東京本社写真部
この期間の主な仕事は国内では中国残留孤児、高校野球などのスポーツから日々の一般ニュース、企画など。
海外ではマレーシア・イポーの日系企業の公害問題のルポ、一連の東欧革命で旧東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、旧チェコスロバキアなどを取材。特にルーマニアではチャウシェスク政権崩壊に際し、日本の記者として最初に同国入りを果たし、第一報ルポを打電する(JICCブックレット「新聞の秘密」参照)。湾岸戦争ではイラクの周辺国をルポ。イスラエルのインティファーダ(民衆抵抗運動)、レバノンの内戦終結など。
1990年11月-1991年10月
朝日新聞東京本社社会部
首都圏(新宿区、豊島区、中野区)を担当。この間に統一地方選挙の取材のほか、「じゃぱゆきさん」「東京遺跡考」「連載企画・東京劇場」などのルポを多数執筆。
1991年11月-1993年10月
朝日新聞東京本社写真部
国際貢献取材チームとしてフィリピン・ピナツボ火山後に生活場所を追われたアエタ族や米軍基地のその後のルポのほか、ミャンマー(ビルマ)の軍事政権に追われたイスラム教徒ロヒンギャ族などを取材・撮影する。
またカンボジアPKO取材では足かけ3年に渡り10回近く同国を訪問。ポル・ポト派拠点の潜入ルポのほか、同国事情の多数の写真ルポを手がけた。
アフリカ・モザンビークPKOの取材活動中に熱帯熱マラリアに冒される経験もある。
1993年11月-1996年9月
朝日新聞北海道支社報道部
アイヌ民族問題や北方領土問題などを取材する。1994年にアイヌ民族をテーマに扱った「萱野茂の世界」で北海道写真記者会賞企画部門賞受賞。
1996年10月-1998年7月
朝日新聞東京本社写真部
主に遊軍として活動。ペルーの日本大使公邸人質事件でキューバに特派されたほか、カンボジアのフンセン派とラナリット派の軍事衝突とその後の様子をルポする。
1998年-2000年3月
朝日新聞北海道支社報道部写真担当課長
アイヌ民族問題を中心に取材活動する。アイヌ語を写真で映像化する連載を企画。
2000年4月-2000年9月
青年海外協力隊のソロモン諸島派遣に向け長野県駒ヶ根市の研修センターの訓練を終了。しかし部族紛争で派遣が見合わされ、国内待機となる。
2000年10月-2004年3月
フリーとして活動する一方、北海道東海大学で非常勤講師として国際協力論と画像情報論を受け持つ。
2004年4月-2005年3月
核の無い平和な未来と先住民族の権利回復などを歩きながら訴える国際平和巡礼に参加。移動写真展を実施する。
2005年5月〜2006年4月
旧札幌市立曙小学校の廃校を利用して「あけぼの写真工房」と「あけぼの編集工房」を立ち上げ、その代表を務める。
北海道岩内地方の聞き語りをまとめた単行本「北辺の語部」(共著、2005年10月)出版される。
2006年5月
編集プロダクション、取材プロダクションとしてのSOHO「ホロト・プレス」の活動を始める〜現在にいたる
2006年6月
北海道で初めてのクラシック音楽マガジン季刊「ゴーシュ」の写真撮影、編集開始〜現在に至る
2006年9月
時事通信社の写真撮影を受託開始〜現在にいたる
2006年11月
有島武郎「生まれ出る悩み」で主人公として描かれた画家・木田金次郎。彼にまつわる人々の画伯への思い出話などを取材してまとめた「白い思い出」(共著、北海時報社刊)出版
2007年5月〜
北海道・酪農学園大学で就職ミニ講座「新聞・ニュース解説」講師を勤める
主なな発表媒体は北海道新聞、朝日新聞、時事通信社、週刊金曜日、しゃりばり、北海道建設新聞、週刊朝日、アエラ、グリーンパワー(森林文化協会)、婦人公論、フラッシュ、財界さっぽろ、ぶらら、季刊ゴーシュなど。
|